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“Goodbye to Nuclear Power Plants” Rally attracted 170,000 people

7/16さよなら原発集会に17万人

Today “Goodbye to Nuclear Power Plants Rally” was held in Tokyo. The organizer of the event announced that 170,000 people attended. It was so hot today, the highest temperature of this area was 33 degrees Celsius . I am wondering how the prime minister, politicians, bureaucrats and people involving the nuclear industry will receive the people's serious and loud voices.

 7/16「さよなら原発10万人集会」は、主催者発表で17万人が参加しました。この暑い中集まった人々の真剣な思いを、首相をはじめ政治家、官僚、原子力ムラの人間はどう受け止めていくのでしょうか。


Shibuya is teen's one of the most favorite town in Tokyo. This is the pedestrian crossing in front of the Shibuya station.
若者に人気の町、渋谷。渋谷駅前のスクランブル交差点です。


Just 10 minutes walk from the crossing, I encountered the first demonstration group. The front banner reads "Decommission the Kashiwazakikariwa reactors".
スクランブル交差点から10分ほど歩くと、最初のデモグループに遭遇。


Most of them are union workers since this route is provided for the union workers' demonstration march.
このほとんどが労働組合関連の労働者。ここは労働組合のデモルートでした。


There is a crossing signal for pedestrian in front of this line. They are waiting patiently to start.
スタート地点の信号から行列。出発の時が来るのを我慢強く待っています。


The police control the demonstration march at the signal. They look traffic around and give the people “a green light”  to start.
列の最前線では、警察がデモを仕切っています。交通の流れを見て、デモにゴーサインを出します。


The police watch the pedestrians around too. The colorful massages are: "Nuclear power plants NO", "No Nukes" and "Put a priority on life before economy".
周囲の歩行者も警察の指示に従っています。


This is a different group of people just started from the Yoyogi Park.
代々木公園から出発した異なるグループの写真。


Many people are still waiting to depart for the demonstration march.
代々木公園の中には、デモ出発を待つ人がたくさん。


Some people enjoy live music.
ライブを楽しむ人々も。


They are NGO/NPO groups or individual participants.
こちらは、NGO/NPOや一般参加者のデモ。


So the tone and kind of chant seems to be different from union workers.
かけ声の感じやその内容も、労組の人たちとは少し違う感じ。


More handmade banners and signs.
そして手作りの旗や看板が多くなる。


Under the strong sun, a man wear a musk and a goggle. He should feel so hot. But don't forget that nuclear power plants workers at Fukushima Daiichi Nuclear Power Plants should work under more severe conditions.
この暑いのにマスクとゴーグルをした男性。しかし福島第一原発の労働者は、もっと厳しい環境で働いているに違いありません。


This is a handmade banner by union workers. It reads "Give children peaceful future".
これは手作りの旗ですが、労組の人たちです。


Someone planted a "No Nuke" sign with a toy windmill by the shrubbery.
植え込みに風車とサイン。


A girl has a "we don't want nuclear power plants" sticker on her backpack.
バックパックにステッカーを貼っていた少女。


The strong red characters on the yellow background banner, "we don't want nuclear power plants!"
たくさんの「原発いらない!」

Almost 1 year since the Great East Japan Earthquake

あの大地震からもうすぐ1年

今年もあっという間に2月になったと思ったら、あと数日で3月になります。思えば1年前の今頃、日本人はまだ今とは違う東日本大震災前の社会に暮らしていました。多くの人々が現在とは少し違う考え方を持ち、違ったライフスタイルを求め、異なる視点で生活していたのではないでしょうか。

日本の人々と社会を変え、そして世界にも大きな影響を与えた大地震からもうすぐ1年。あの3月11日を境に、私たちの手による物と制度で作られた人間社会、そして私たち自身も変化を余儀なくされました。そして時がたつにつれ、私たちはその変化にも慣れてきたように思います。

当初私たちが抱いた感情や考え、例えば、いつまた起こるとも分からない地震と将来に対する大きな不安、社会のあり方や暮らし方を見直そうとする意欲、痛みを分かち合う共感の心、理不尽なことや不正への疑問や怒りなどは、1年近くが過ぎた現在、以前よりも薄らいでいるのではないでしょうか。あの大きな出来事に対する1年という時間。それは、私たちにとって、長いものなのか短いものなのか・・・・・・。

直接的な被害を受けた東北の被災地が復興することはもちろんですが、3.11はいろいろな面で今後の日本社会を見直すという課題をも突きつけました。政治の混乱から復興計画の実施、原発と放射能問題から政官財学メディアの癒着問題まで、私たちはどの方向へどのくらい歩いてきたのでしょうか。そしてさらに先に進んでいくためには、どの方向へどの程度のペースで歩んでいけばいいのでしょうか。

昨年3月17日、NIでも作品提供を受けている政治マンガを紹介するCartoon Movementのウェブサイトに、エジプト人漫画家のAmr Okashaが「日本を支援する」と題した漫画をアップしました。

"Supporting Japan" by Amr Okasha
Japan is facing crisis upon crisis, and can use the support of the world.

これを見るたび、世界中から寄せられた支援の暖かさを感じるとともに、私たちの歩みとその方向性は、日本人だけの望みや関心事ではないことを思い出します。

NIジャパン

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Time has really flew by quickly. It's almost the end of February. And 3.11, the day the Great East Japan Earthquake hit Japan, will be coming in 2 weeks.

One year ago, the Japanese people lived in the society before the earthquake. At that time, we thought differently, pursued different lifestyles, and had a different point of view. The earthquake has affected our behavior and way of thinking.

From the earthquake, we experienced a great loss of people and towns. We also continue to face the tragedy by the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant trouble. Because of the huge damages caused by the earthquake, we had, for example, huge anxiety about our future, strong will to think over our society's mode and lifestyle, empathy to feel other's sorrow and pain, and resentment to injustice or unreasonable things. The earthquake also uncovered facts hidden by the government, bureaucrats, corporations, scholars and mass media.

It has been 1 year. We still keep these thoughts and emotion in ourselves, but they seem to occupy less than before. Is it difficult to keep something we felt or thought 1 year ago, even though we had such huge damage?

The earthquake damaged the Tohoku area badly, and the reconstruction of the damaged area is the highest priority. The earthquake also forced us to rethink our society’s future. How far have we tackled the issue: from political turmoil to slow implementation of reconstruction projects, problems of the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant and radioactive contamination to corruption between the government, bureaucrats, corporations, scholars and mass media?

On 17 March last year, Egyptian cartoonist Amr Okasha posted his cartoon to the Cartoon Movement website, which has a lot of political cartoons and provides cartoons to the NI magazine.

"Supporting Japan" by Amr Okasha
Japan is facing crisis upon crisis, and can use the support of the world.

When I see this cartoon, I really appreciate warm support from around the world, and I remember that Japan’s reconstruction is not only our hope and interest, but it is also those of people around the world.

>NI Japan

Resource curse: Can Yasuni ITT Initiative learn a lesson from Ashio copper mine’s experience?

資源の呪い:足尾銅山とヤスニ

If you are interested in Ashio Copper Mine, check these websites:

 The Ashio Copper mine pollution case: The origins of environmental destruction

Ashio history and culture

Ruins in Ashio

And those of who are interested in this subject, I recommend to read recent NI issues of "Nature's defenders", "Humans vs nature" and "Bloody oil".

以前このブログでもお知らせした講演会「アマゾンを石油に沈めないために ― エクアドル・ヤスニITTの挑戦とグローバル市民社会の責任」の報告が、ヤスニブログにアップされました。

このサイトの文章での報告は、在日エクアドル大使館ゲストの講演と、コメンテーターである神奈川大学の新木先生と上智大学の高島先生のコメントについて大まかなところを書いたものです。講演会の全内容については、ブログ内に音声ファイル(mp3フォーマット)へのリンクが張ってありますので、そこからダウンロードして聞くことができます。

この日私は講演者が話す前に、イントロダクションとして10分ほど講演会の趣旨説明と問題提起を行いました。

この講演会の趣旨とは、このヤスニITTイニシアティブのことを知ってもらい、広範囲に前向きな影響をもたらす可能性を秘めた取り組みを応援して欲しいということです。

このイニシアティブアは、石油を採掘しないことでエクアドルのアマゾンにあるヤスニ国立公園(約98万ヘクタール)の20%を保護し、その自然と熱帯雨林が守られます。そして、自然の恵みに依存して生きる先住民族の生活が破壊されずにすみます。石油が採掘されずに使われないため、その分の二酸化炭素は排出されず、地球温暖化の緩和にも役立ちます。このイニシアティブのために国際社会(個人から国家まで)が出資・寄付するお金はヤスニITT信託基金として管理されますが、この資金はエクアドル政府拠出分の資金と合わせてエクアドル国内の再生可能エネルギープロジェクトに使われます。つまり、このイニシアティブはエクアドルにとって持続可能な社会の入口となります。もしこの仕組みが開発援助と国際的な基金管理のモデルプロジェクトになれば、それがエクアドル国内の他の地域や他のラテンアメリカ諸国、ひいては世界各国にも広がっていく可能性があります。楽観的な考え方かもしれませんが、そのくらいの可能性は秘めていると思いますし、影響が広範囲であることは明らかです。

問題意識ですが、このイニシアティブのどこに重点を置くかによって変わってきます。今回私からは、資源開発の問題、長期的な視点を持つ重要性、選択肢の提供というポイントから話をしました。当日は時間がなかったため、ここに補足しながらポイントについて説明したいと思います。

資源開発の問題とは、この講演会の副題にもあるように、グローバルな社会における市民の責任、負担の公平性の問題です。資源がある場所は、世界中どこでもこの問いの対象になります。石油、ガス、鉱物、木材など、海外から輸入される資源なしには私たちの現在の生活は成り立ちません。しかし普段私たちは、資源がどこからやってくるのかを意識することもなく生活しています。また、その採掘される場所で何が行われているのかも私たちはほとんど知りません。しかし遠く離れたその地では、たまたま資源のある場所に住んでいたというだけで災いに襲われる人々がいます。彼らは有無を言わさず、十分な説明も配慮も恩恵も受けられず、納得いく選択肢も示されず、国策という名の下で強引に推し進められる開発の犠牲になってきました。それは、今までの平穏な暮らしを奪い、自然、コミュニティー、人々の歴史までをもずたずたにしてきました。私たちの社会とそれを形作る消費行動によって資源が価値を持ち、採掘場所付近に住む人々に影響を及ぼしているのであれば、それは私たちとは無関係なこととは言えなくなります。

さらに今日では、地球温暖化の問題もあります。これまで先進工業国は、その産業活動によって、そして化石燃料に依存した暮らしによって、二酸化炭素など大量の温室効果ガスを排出してきました。私たち先進国の人間は、これまでその近代的な産業とライフスタイルを享受しながら発展してきました。しかしそのおかげで地球温暖化が進み、気候変動を引き起こし、その影響は世界中の国々に及んでいます。先進国が被害を受けるのであれば、自業自得と言えるかもしれません。しかし、そんな先進国の発展を天然資源の提供という形で支えてきた開発途上国は、自らは微々たる二酸化炭素しか排出していないにもかかわらず、気候変動によって大きな影響を受けています。しかも、先進国は経済的にも社会的にも気候変動の影響を緩和する方策を実施する余裕がありますが、開発途上国はいまだに「発展」から取り残され、先進国の協力がなければそんな余裕もありません。これがクライメートジャスティス(気候の公平性)または気候的正義ということです。詳しくは、NI日本版「クライメート・ジャスティス─公平な温暖化対策」、FoEジャパンのオンダンカクサ(温暖化+格差)クライメットJなどをご覧ください。

長期的な視野を持つということですが、実はヤスニITTの石油は、約15年しか採掘できません。その15年のために、アマゾンの貴重な自然を破壊してしまってもいいのだろうかということです。熱帯雨林は多様な生物種のバランスの上に成り立った生態系です。一度破壊されてしまった環境を元通りに回復することは困難です。石油の探査と採掘活動では、石油の漏出による土壌と水の汚染は免れません。汚染された環境に暮らす動植物への影響は必至で、それを摂取し、汚染された水を飲まざるを得ない先住民の健康被害もまた必ず起こります。それは想像ではなく、すでにエクアドル内外のアマゾンやナイジェリアなど他の場所でも起こっている問題です。エクアドル石油公社の内部資料によれば、もしもヤスニITTで採掘が行われると、少なくとも土壌と水資源の8.4%が汚染され、動植物の84.7%が影響を受け、取り返しのつかない打撃となるそうです。石油がどのような事態を招くのかを知るには、国連大学が運営するサイトOur World 2.0の記事「熱帯雨林にテキサコが残す石油汚染の痕跡」、昨年公開された映画『クルード~アマゾンの原油流出パニック~』、アムネスティ日本の「ナイジャーデルタ:石油採掘がもたらす環境破壊と暴力」などが参考になります。

このアマゾンの環境破壊の影響をより身近な事例から考えるため、講演会では足尾銅山を例に挙げました。日本人が必ず学校で習う公害の原点と言われる足尾銅山は、約400年前に発見され、江戸時代は細々と採掘されていました。しかし明治初期の1880年代に新鉱脈が発見され、明治政府の富国強兵、殖産興業、近代化という国策の中で、銅の生産量は増えていきました。特に重要だったのは、電線と砲弾・銃弾の生産です。また、外貨獲得のために輸出も行われていました。今では考えられませんが、当時日本は米国やチリに次ぐ世界有数の産銅国だったのです。足尾銅山での採掘は1973年まで続いて閉山しましたが、その後は輸入銅鉱石を使って1989年まで製錬が行われていました。

その結果がこのような荒廃したはげ山です。画像をクリックして動画をご覧ください。

この主な原因は、製錬所から出る煙です。排煙に高濃度の亜硫酸ガスが含まれていたため、森林はダメージを受け枯れてしまいました。そして空気中の亜硫酸は雨に混ざって降り注ぎ、土壌の酸性化も進み、植物の生育には適さなくなってしまったのです。もちろん地元の農業や養蚕も打撃を受けました。このような亜硫酸が含まれた排煙の垂れ流しは、1956年に新しい製錬技術が導入されるまで続きました。また、精錬の燃料や銅山の坑木などを得るために森林伐採が行われていたこと、そして大規模な山火事が起こったことが荒廃を深刻化させました。樹木がなくなったことにより、急峻な山の表土は簡単に雨で流されてしまうようになり、岩肌が露出して現在のような姿になってしまったのです。

排煙から亜硫酸が除去されるようになってから50年以上にわたり、国土交通省(当時の建設省)、林野庁、栃木県、そして途中からはNGO足尾に緑を育てる会も植林をしていますが、岩肌が露出した急斜面で土壌が酸性化しているという悪条件で、なかなか植物を定着させて育てることができず苦労してきました。昨年取材した時に栃木県の担当者から地元のNGOのスタッフまで口をそろえて言っていたのは、元の森の姿に戻るには100年、200年かかるかもしれない、というこの地域が直面する気の遠くなるような状況でした。興味のある方は、「足尾の森の破壊と回復から考える」(NI日本版「自然対人間」に収録)をお読みください。

足尾の人々にとって、銅は雇用を生み出し、(さまざまな住環境の悪化、劣悪な労働環境があったにせよ)短期的には生活を豊かにしてくれるものでした(この点は少しヤスニの場合とは異なり、むしろ日本の原発立地自治体と似た意識と構造がありますが、それについてはまた別の機会に書いてみたいと思います)。もちろんそこには、田中正造の直訴でも知られているように、足尾の下流の渡良瀬川流域の人々のように、何の恩恵もなく鉱毒被害に遭った人々もいました。一方で、足尾銅山所有者の古河鉱業(1989年に古河機械金属に社名変更)、そして日本の国にとって、銅はカネのなる木でした。

一方ヤスニITT周辺に住む先住民にとって、石油は生活を豊かにしてくれるものではなく、地域に繁栄をもたらしてくれるものでもありません。それは、資源開発の問題のところで書いた通りです。もちろん、石油関連の仕事に就くことができる人が一部はいるでしょうし、現金収入を得て森の恵みで暮らすという決して豊かとは言えない暮らしからの脱却を夢見る人々もいるでしょう。しかし恩恵は足尾の場合と違って、大半のコミュニティーに行きわたるものではありません。それに、石油が与えてくれる仕事や夢は15年しかもたず、その後に残るのは足尾と同じような荒廃した古里なのです。

とはいえ石油会社やエクアドルの国にしてみれば、石油はもちろんカネのなる木です。しかし今回エクアドル政府はヤスニITTイニシアティブ実施にあたって、輸出における石油依存度を下げるという方向まで打ち出してきています。

これまでは、石油が見つかれば当たり前のように掘って、その地域の環境と暮らしが破壊されてきました。しかしヤスニITTイニシアティブは、石油を掘らずに生活するという選択肢です。そしてその選択肢を現実に提供できるのかどうかという一端を、私たち日本人を含めた国際社会が握っているのです。

足尾は日本人にとって、国の発展のために一部が犠牲になり、その影響が残っているという一例ですが、私たちはそんな経験者としても、掘らない選択肢実現に向けた応援をすべきではないかと感じます。

NIジャパン

Lecture Meeting>> Save Ecuadorian Amazon from oil exploitation:Yasuni-ITT Initiative and global citizens' responsibility

【講演会】アマゾンを石油に沈めないために ― エクアドル・ヤスニITTの挑戦とグローバル市民社会の責任

NIジャパンも協力している講演会が以下の通り開かれます。

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日時:2011年11月12日(土)14:00-17:00
場所:上智大学 中央図書館8階 L-821
http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/access/map/map_yotsuya
参加:無料 申し込み不要

内容:
南米の産油国であるエクアドルが、アマゾンの一部地域の石油を採掘せずに、その自然環境とそこに住む先住民族の暮らしを守り、地球温暖化防止にも役立つ取り組みを始めようと準備を進めています。

この講演会では、在日エクアドル大使館から講演者を招き、この計画の内容と実現に向けた準備状況について話を聞き、有識者からのコメントや参加者の質疑応答なども交え、エクアドルが目指す石油に頼らない持続可能な社会への試みを知り、グローバルな社会の共同責任として日本人にできることも考えます。

※メインスピーカー決定しました! ボリバル・トーレス 駐日エクアドル臨時代理大使

チラシ&プレスリリース(PDF)

カラーチラシ モノクロチラシ リリース

*詳細、ヤスニITTイニシアティブに関する各種資料は、こちらのヤスニITTイニシアティブ講演会実行委員会のウェブサイトでご覧ください。

主催:上智大学グローバル・コンサーン研究所
Tel: 03-3238-3023
[email protected]
http://www.erp.sophia.ac.jp/Institutes/igc/
Sophia University's Institute of Global Concern (IGC)
http://www.erp.sophia.ac.jp/Institutes/igc/en/index.htm

協力:ヤスニITTイニシアティブ講演会実行委員会
http://yasuni.blog.so-net.ne.jp/
連絡窓口:ニュー・インターナショナリスト・ジャパン
http://www.ni-japan.com

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可能性を持った新しい取り組みですので、ぜひ直接その話を聞き、分からない点などもどんどん質問してください。

また、今後の学習会などの企画も含め、賛同団体と実行委員会メンバー団体を募集中です。こちらの賛同団体募集と&実行委員会へのお誘い(PDF)をご覧の上、ぜひご連絡ください。


NIジャパン

Oil or life? Ecuador's stark choice (Japanese)

*This is Japanese version of Esme McAvoy's article "Oil or life? Ecuador’s stark choice". Read the original article on NI Blog here.

※これは、NI Blog掲載のエスメ・マカヴォイの記事“Oil or life? Ecuador’s stark choice”を日本語に翻訳したものです。元記事(英語)はこちらから読むことができます。


アマゾンの石油を掘るべきか掘らざるべきか ― エクアドルの厳しい選択


この地球のために石油を採掘しないという大胆なヤスニ提案。この提案の現状を探るため、エスメ・マカヴォイがアマゾンに向かった。

(PHOTO: Mauro Burzio / Gobierno Municipal de Francisco de Orellana)


くるりと体を1回転させ、私は確信した。回りには樹木しかない。私の目に入るのは、どこまでも続くうっそうとした森林である。傘ほどの大きさの葉と、ところどころに塔のようにそそり立つカポックノキが作り出す緑の木陰。カポックノキは、熱帯雨林の樹海から頭を突き出す巨木である。

私は高さ36メートルのバードウオッチング用タワーの上にいる。そこからエクアドルのアマゾンの中心にある壮大なヤスニ国立公園の一部を眺め、ちっぽけな自分を実感している。

エクアドルはこの地において非常に大きなジレンマに直面している。この国立公園の手つかずの区域(現在科学者らは、ここが地球上で最も生物多様な熱帯雨林地帯だという見方で一致している)の下には、金額に換算すると70億ドル分以上の石油が眠っている。イシピンゴ、タンボコチャ、ティプティニ(略してITTと呼ぶ)の3つの石油埋蔵地区には、エクアドル全体の石油埋蔵量の5分の1に等しい8億4,600万バレルの石油が埋蔵されている。しかしエクアドルのコレア大統領は、この石油に手をつけないという前代未聞のオルタナティブな試みを進めている。それは、この石油を永久に採掘しない代わりに、この石油の市場価格の約半分にあたる36億ドルの肩代わりを国際社会に求めるというものである。

この石油を採掘しなければ、フランスの年間排出量に匹敵する4億700万トンの二酸化炭素の排出が回避されることになるだろう。国際社会からの資金は、エクアドルの石油依存度低下を後押しする再生可能エネルギープロジェクトに投資され、そこから期待されるリターンが全国の環境保全とコミュニティー・プロジェクトに使われる。

2007年に初めて発表されたヤスニITTイニシアティブ提案は、暗礁に乗り上げていた国連気候変動交渉の中では数少ない光明のひとつだった。それは、責任を分担するための新たなモデルを提案し、議論の方向性を変えるもので、「カーボンオフセット」と影響緩和に関するものに移ってしまった議論を、排出をその根源から断つという常識的な考え方に沿った当初の議論に戻す提案だと考えられた。

しかしその発表以来、この提案は3つの委員会を消耗させ、閣僚らの辞任を招き、当初のボタンの掛け違いと一進一退する状況に苦しめられた。コレア大統領が採掘という脅しを口にしたこともあり、この提案への信頼は傷つけられた。いくらか進展もあったが、支援するという口約束はほとんど実際の拠出に結びついていない。

エクアドルはこのままずっと待ち続けるつもりはない。今年年末までに1億ドルが基金に集まらなければ、コレア大統領はこのイニシアティブを撤回し、石油採掘という「プランB」[訳注:一般的には万が一のための代替案のことを指す]に進むことができるのだ。

大騒ぎの正体は?

ITTの石油を開発しない環境上のメリットについては、疑問を差し挟む余地はない。ヤスニ国立公園の熱帯雨林1ヘクタールには650種以上の樹種が確認されており、米国とカナダ全体の樹種よりも多い。またこの公園には、600種以上の鳥類が生息する。両生類、は虫類、コウモリの「種の豊富さ」に関しては、いくつもの観察調査によって世界的な記録が残されている。この驚くべき「メガ多様性」によってヤスニ国立公園と周辺地域は、1989年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の生物圏保護区に指定された。ここで石油が漏れ出せば大惨事になるだろう。

また、この国立公園の全域が、ワオラニ民族が祖先から受け継いできた土地である。ワオラニ民族は、かつては狩猟採取生活を送っていた気性の荒い先住民族だが、現在はほとんどが38のコミュニティーに分かれて定住している。だが、少なくともタガエリ民族とタロメアン民族の2つの民族は今も接触を断って暮らしている。そしてまた、ワオラニ民族の中にも外界との接触を断って暮らす人々がいる。彼らは自主的に隔絶した生活を送っているのだ。ITTの石油を開発しないことは、彼らの生存にとって非常に重要なことである。1999年、ヤスニ国立公園の南半分、約70万ヘクタールが「不可侵な地域」に指定され、いかなる資源開発も許されなくなった。

しかしヤスニは、対抗する圧力にさらされている。環境NGOのセーブ・アメリカズ・フォーレストのマット・ファイナーによれば、今日のヤスニ地域は、「保護区と先住民族居住区と採掘権益鉱区が複雑に入り組んでいる」。国立公園の保護やユネスコの指定にもかかわらず、しばしば石油の権益者が勝利を手にする。

熱帯雨林からの視点

自分たちの住んでいる場所が突然世界から注目を集めるようになったことについて、ヤスニの地元の人々はどう感じているのだろうか。私はそれを探るため、夜行バスに乗って石油の町コカへと向かった。コカはオレリャナ州にあり、エクアドルアマゾンの北部玄関口である。そしてまた、この国の石油のほとんどが生み出される場所でもある。

うだるような暑さとバスや大型四輪駆動車のクラクションがしばしば鳴り響くコカは、本当にジャングルの中の都会であった。私は、やがて下流でアマゾン川に合流するナポ川の土手に腰を下ろした。この町は、1960年代終わりに米国の石油会社テキサコ社が石油を発見してから急激な発展を遂げた。しかしそのにぎわいと成長にもかかわらず、この町には富が根付いていない。「オレリャナ州は、エクアドルの石油の63%を生産していますが、人々は最貧層です」と地元政府の環境局のエンリケ・モラレス局長は言う。「この地域では、世界有数の豊かな企業が採掘を行っていますが、地元の人々はそんな企業とは無関係で物乞いをせざるを得ません」

石油企業が初めてこのアマゾンにやってきた時、国は何もせず成り行きに任せていた。そのため地域コミュニティーは、彼らにとっての問題を作り出している石油産業以外に頼るものがなくなってしまったのである。アマゾンの中へ伸びていった道路は、抑制の効かない移住と森林伐採をもたらした。

「コカにある道路、保健センター、学校はすべて石油企業が建てたものです」と言うのは、地元の町の観光局で働くゲラルド・ゴメスである。「ヤスニITTイニシアティブはここでも勢いはありますが、難しいですね。手早く稼ごうと考える人々が思い浮かべるのは、石油関連の仕事なのです」

モラレスによれば、オレリャナでは実際に石油企業で働いている人は少ない。「少なくとも、まともな仕事に就いている人はほとんどいません。地元の人間に用意されているのは、溝掘り、漏れた石油の除去、道路清掃などです」

国に見捨てられた地域

石油採掘による最も大きな影響の一端が見られるのが、先住民族のワオラニ民族である。移動しながら暮らすこの荒っぽい人々と最初に接触したのは、キリスト教福音派の宣教師たちで、それは1950年代のことだ。砂糖を渡したり空からコカコーラを箱ごと投下したりして彼らとの接触に成功。それに続いたのが石油企業だった。彼らは、各血縁集団が比較的小さなグループとして別々に暮らすというワオラニの社会構造に目をつけた。そして、石油を採掘する見返りとして現金、道路、食料、酒を提供すると言って各集団のリーダーと個別に交渉した。こうして入ってきた新しいものが一体となって影響し、狩猟採種民族の文化を一世代のうちに破壊してしまったのである。

アマゾン地域のコミュニティーは、政府から見捨てられている。モラレスによれば、ここで地元民が利用する水のうち、飲料水として安全な水の割合は4%しかないという。「中には、石油の影響で完全に有毒な水もあります。私たちはほとんど毎日のように、石油パイプからの漏れ、石油の漏出、住宅地近くでの汚染について人々から報告を受けます」

ミゲル・ハラミジョは26歳。現在コカ在住で、米国のエネルギー企業ハリバートン社と契約を結んで働くタンクローリーのドライバーである。「ハリバートンは、ここで操業する全ての石油企業と契約し、油井内部をコンクリートで固めるライニング工事、油井の封印、汚染された廃棄物の除去などをしています」と彼は話した。「石油生産は高価な設備、規制化学物質を使用し、大量の有害廃棄物を生み出します」。昨年彼は、スペインの石油企業レプソル社が操業する油井から廃棄物を取り除く作業を手伝った。その油井は国立公園内に位置し、採掘時に出た3,000立方メートル以上の汚泥を除去したという。

「私たちは石油汚染の中に暮らしているのです」と彼はコカの町を指して言った。「汚染された場所で暮らすことになるのは、いつだって貧しい人間です」。しかし石油関連の仕事は、そこそこの給料と研修を提供してくれる貴重な仕事である。「ここでは仕事の機会があまりにも少なすぎます」と彼は言う。「ドライバーは月に1,000ドル稼げますが、ここでは良い方です」

コカの町の外のアマゾンにより深く入っていけば、そこに住む人々は主に先住民族のケチュア(キチュア)民族か自給自足で暮らす農民たちとなる。ケチュアはもともとは移動して暮らす採種狩猟民族である。どちらのグループも、石油開発で道路ができたことによってこの地域に移り住んだ。また彼らは、豊かな熱帯雨林とその中に存在するきれいな川、食料としての動物、作物を栽培する土地に依存して暮らしている。ケチュア語では、きれいな水、土地でとれる安全な食べ物、健康的な環境を伴う「良い暮らし」という概念がSumak Kawsayという言葉に凝縮されている。エクアドルの国が定めた開発計画には、Sumak Kawsayが全国民の主要目標としてうたわれている。

石油に代わる方法を考えていく:メリトン・ユンボと娘のシャーリー。彼は、ヤスニ国立公園内にあるナポ野生生物センターを所有するケチュア民族コミュニティーのリーダーである。(PHOTO: Esme McAvoy)


しかし環境NGOのアクシオン・エコロヒカのエスペランザ・マルティネスによれば、人々は石油採掘を受け入れるよう脅迫されることもあるという。「コミュニティーの人々は、『より良い道路と新しい保健センターがほしければ、石油開発が必要だ』と言われることもあります。最近コレア大統領は演説の中で、『石油開発をさせないというのであれば、保健医療、教育、学校をどうにかしてほしいと私に頼むな』と述べました。しかし真実は、石油開発が行われれば、その土地の周囲では良い健康も豊かな作物もあきらめることになるのです。そこにはSumak Kawsayは存在しません。地域における油井の数と貧困レベルには相関関係が見られます」

現在、熱帯雨林の中ではなく、コカの町に住む先住民族の家族が増えている。地域のケチュア女性協会を立ち上げたアドリアーナ・シグナゴ(49)は、他の多くの先住民族女性と同様に、夫が石油企業で安定した仕事に就いたためしぶしぶ町に出てきた。「その変化に慣れるのは大変でした。森の中では、森の恵みや自分が裁培した物を十分に食べることができました。私たちはお金のことは考えませんでした。しかし町では土地もなく、すべての物は買わないといけません」。彼女にヤスニITTイニシアティブについて聞いてみると、すっきりしない様子で言った。「ええ、石油を採掘しないという話は聞いたことはあります。でも、分かりません……」。コカの他の住人たちにも聞いてみたが、返ってきたのはほぼ同じような反応だった。多くの人々は、ヤスニITTイニシアティブについて何かしら聞いたことはあるものの、目の前の家族の衣食住の心配の方が大きかった。

代替案としての観光業

「短期間で終わってしまう石油採掘に変わる、新たな別のものを見つける必要があります」と言うのは、ヤスニITT提案の技術監修者であるカルロス・ラレアだ。彼は、たとえ新しい油田の発見を考慮したとしても、石油を採掘できるのはせいぜい30年だと考えている。「石油生産は現在がピークで、今後減少に転じるでしょう」とラレアは述べる。「もしもITTを採掘したとしても、その減少をたった1年先延ばしにする程度です。全くおろかなことです」

このアマゾン地域に住む人々にとって、経済の代替策として最も期待できるのは観光である。環境保全という目的に沿った観光のモデルとしてしばしば取り上げられるのが、ヤスニ国立公園内にある洗練されたロッジ、ナポ野生生物センターだ。1998年にNGOからの資金で創設されたこのセンターは、今では完全に地元のケチュワ民族コミュニティーの所有に移っている。この地域の若いリーダーで、石油開発反対の決意が固いメリトン・ユンボ(29)は言う。「レプソル社は私たちの領地内に16の油井を掘りました。しかしここには掘ってもらいたくありません」

「私たちは生活様式を変えました。熱帯雨林の生物多様性を守るために狩りをやめたのです」。ケチュワ民族は、もともとは熱帯雨林に生息する鳥類、小型げっ歯類、サルを捕って食料にしていた。狩りをやめた彼らは、今ではコカのスーパーマーケットで食料を買っている。

それはとても思い切った決定だったが、このコミュニティーに住むフリア・セルダ(45)は前向きである。「狩りをあきらめることは難しいことでしたが、私たちの領地内でより多くの動物を見るようになりました。子ジカも本当に近くまで寄ってきて、私の子どもたちもそれを見ることができます。また観光客にもたくさんの動物が住む森を見せることができるのです。石油は、政府がそれを富裕国にただ売るだけです。私たちには何も残らず、鳥、動物、木が取り上げられてしまうのです」

このコミュニティーでは、観光収入のおかげで新しい教室を数教室と、保健センター1カ所の建設に着手できた。また、外国人観光客からの影響がはっきりと見られる。例えば、コミュニティーの10代の若者たちは、彼らの着ている伝統的な服をジーンズやトレーナーと交換する。そして彼らは、電波が十分でないにもかかわらず、携帯電話を持っているのだ。

ナポ川沿いでは、コミュニティー主導のよりシンプルな事業も立ち上がっている。いくつかのケチュアのコミュニティーが一緒になってガイドツアーや伝統住居への宿泊を提供している。「コミュニティーの中には、アマゾンのくだものやコーヒーを裁培して、観光客が収穫の手伝いをするという『農業観光』や、コミュニティーで作った伝統食料の販売を手がけるところもあります」とケチュア観光連帯ネットワーク(REST)のカルロス・プカ代表は説明する。「また、ケチュア民族が古くから利用してきた伝統医学の薬草を裁培する薬草園を作ってガイドツアーを行っているコミュニティーもあります」

草の根レベルからの提案

地元では、多くの人々が依然としてヤスニITTイニシアティブのことをあまり知らない状況にあるが、石油を採掘しないというアイデアはコレア大統領の発案ではない。アマゾン北部で数十年続いてきた見境のない石油開発に対する草の根レベルでの抵抗から生まれたアイデアである。エクアドルは1972年から石油を輸出してきた。輸出額における石油の割合は60%に上る。国民の半数あまりが貧困ライン未満で暮らすこの国にとって、ITTに眠る石油を開発しないという決定は容易なものではない。

しかし1993年、3万人を超えるエクアドル人が巨大石油企業テキサコ社(現在はシェブロン社の傘下)を相手取って裁判を起こした。彼らは、テキサコ社の時代遅れの技術によって、18万ガロン(68.13万リットル)の有毒な廃棄物が直接河川と土壌に捨てられて土地と水が汚染されたと訴えた。これは、環境関連の係争としては世界でも史上最大となり、今年2月まで17年を超えて激しく争われた。その結果、シェブロン/テキサコに対して有罪判決が下った。ただ現在はシェブロン/テキサコ側が控訴し、判決確定が一時的に停止されている。ヤスニITT提案の発案にかかわったアルベルト・アコスタは、「テキサコ社に対するこの裁判を通して、石油に対する強力で組織立った対抗勢力が生まれました」と語った。「この動きにかかわっていた人々は、提訴直後にアマゾン全域での採掘中止を要求し始めました」

2000年には、アコスタとアクシオン・エコロヒカ創設者のエスペランザ・マルティネスを含む研究者や環境保護主義者のグループが、アマゾンでの石油開発を一時中止する案とエクアドルの「脱石油」を達成する方法を検討し始めた。

2007年に左派寄りのコレア大統領が誕生し、彼らの多くが政権に加わり、アコスタがITT提案を提起した。「私は新たにエネルギー鉱山相に指名されましたが、石油資源を開発しないよう大統領に言いました」とアコスタは述べた。「多くの人々は、当時は石油価格が高かったため、エクアドルのような石油依存国では私はクビになると考えていました」

アコスタに立ち向かってきたのは、採掘しか頭にない国有石油会社ペトロエクアドルのカルロス・パレジャ・ヤヌッゼリ社長だった。だがコレア大統領は妥協案にたどり着く。「コレアは、補償を得る代わりに採掘しないことが第一案になり、第二案は採掘という選択肢も排除しないものになるとし、どちらも並行して取り組まなければならないと決めました」とマルティネスは説明する。このような経緯から、ヤスニITT提案が世界に示されて大統領への賞賛が集まっている一方で、プランBという代替案も静かに動いているのである。

撤回された調印

「当初から大統領は、最低限の資金を集める期限を決めては延長するということを繰り返してきました」とマルティネスは振り返る。2008年半ば、ロケ・ セビージャ外相を委員長として3億5,000万ドルを2008年9月までに集める委員会が立ち上がった。この期限はその後12月に延長され、最終的に2009年2月に期限が撤廃された。「私たちの最初の任務は、多くの専門的、法的、科学的な調査を依頼することでした」、と元ITT委員会メンバーのヨランダ・カカバゼは説明する。「生物多様性、炭素排出量のデータ、石油探査の統計、法的枠組みに関する国内外の調査です。刺激的なアイデアを確かな提案にして世界に示せるようにするために、どれも必要なものでした」

昨年12月にカンクンで行われた気候変動会合で、ヤスニITTイニシアティブについて熱烈に売り込むコレア大統領(一番左)。しかし、彼の約束に対する不信はぬぐいきれない。(PHOTO: Miguel Romero / Presidencia de la Republica del Ecuador)


2009年11月には明るい兆しが見えてきた。ITT委員会メンバーが国外へ出かけて説明を行った後、ドイツが年間7,000万ドルの支援を決め、そのほかにもヨーロッパの数カ国が興味を示したのだ。

最も期待が高まったのは、国連開発計画(UNDP)が信託基金の独立した管理者になることに同意し、2009年12月のコペンハーゲンの国連気候変動会合で協定に調印することが決まった時である。しかし土壇場になってコレア大統領は、エクアドルの代表団に調印しないように指示した。そして大統領は、そのすぐ後にITT委員会を公に非難し、交渉が不十分で条件がエクアドルの国家主権にとって「恥辱的」で非礼なものだとの批判を繰り広げた。彼の激しい批判は、週1回の国民に向けたテレビとラジオの大統領演説で流され、その後すぐに委員長のセビージャが辞任し、ファンデル・ファルコニ外相とカガバゼも委員を辞任した。

しかしなんとかITT提案は生き延び、残った委員に新しいメンバーが加って新チームが結成された。2010年8月3日、新しい協定がUNDPとの間でようやく調印された。コレアの撤回劇はこの提案への信頼を傷つけた。しかし、異論はあるにせよ、その撤回のおかげでエクアドルは、集めた資金の使途の決定により大きな影響力を持つという注目に値する条件変更を手に入れたのである。

支援を一番最初に申し出たのはチリだった。その支援金10万ドルは隣国としての連帯表明の意味合いの方が強かった。スペインは140万ドル、ベルギーのワロン地域政府からは41万5,000ドル。イタリアは「債務スワップ」[訳注:債務支払いの免除]として3,500万ドルの支援を申し出ている。最も早く支援に名乗りを上げた国のひとつであるドイツは、政権交代を受けてその決定が変更されると思われる[訳注:今年6月ドイツ政府は、ヤスニITT信託基金への資金拠出撤回を決定した]。ラレアによれば、企業と非営利機関からの支援によって、2011年2月までには基金は3,800万ドルまで増える見込みだという。

現在このイニシアティブは重大な局面を迎えている。2011年12月までに少なくとも1億ドルを集めなければならないのだ。現在、元駐米エクアドル大使のイボンヌ・バキがヤスニITTイニシアティブの交渉責任者として活動している。

ぬぐえない不信

ヤスニITTイニシアティブに対するバキの熱意にもかかわらず、それがどう扱われるのか、どのような方向に進んでいくのかに関しては不信がぬぐえない。このイニシアティブを常に脅かしている最も大きな存在が、消えては現れるプランBの亡霊である。私がコカを訪れた時、多くの地元政府の人々が、イニシアティブの動きよりも石油開発計画の進展の方が早いのではないかという懸念を示していた。

このイニシアティブが保護する区域として指定しているのは、当初からヤスニ国立公園の20%だけである。しかし2010年の初めに政府からは、ティプティニ全域をITTから除外して保護区をもっと小さくするという案が浮上した。それによって石油採掘をより容易にしようというのだ。エスペランザ・マルティネスは今年1月にその情報をつかんだが、その案がいまだに検討されている可能性があるという。エクアドル政府と中国の石油企業ペトロ・オリエンタル社との秘密交渉の末、近くにあるペトロ・オリエンタル社の第14鉱区の形状が変更され、思惑もあってか、危険なほどティプティニに近い場所に回廊地帯が設けられた。「ティプティニで採掘するためです」とマルティネスは結論付ける。「回廊地帯はヤスニ国立公園に食い込んでいるため、この変更はまぎれもなく違法な変更です」。そして同時にエンリケ・モラレスは、「ペトロ・アマゾナス社は、今年1月から第31鉱区で工事を始めました」と私に語った。第31鉱区はITTのすぐ隣にある。ここで採掘すれば、ITTに深刻なダメージを与える可能性がある。また、新たなインフラが後にITT採掘に利用されたり、他の場所へもこの影響がドミノのように広がっていく可能性もある。

コレアは、2010年12月にカンクンで開かれた国連気候変動会合で熱心にヤスニITTイニシアティブについて発表を行った。しかし不可解なことに、それから2カ月もたたない今年1月、国民投票にかけられる可能性がある対象項目候補リストに、ITTでの採掘の可否を問う項目が含まれた。マルティネスは、「あまりにも多くの矛盾するシグナルが出されています」と言う。「人々は、『待てよ、国民に採掘するかどうかを今決めさせるのであれば、私たちが数百万ドルも出す必要はないのではないか?』と思っているのです」

もうひとつの心配は、資金が集まらなかった場合、拡大している炭素市場からの資金供給に頼る可能性である。地中に眠る石油に手をつけないことで4億トンを超える二酸化炭素の排出を回避できるが、京都議定書では、「回避した排出量」は認められていない。そのためヤスニ保証書[訳注:一定額以上を支援すると発行される証書。本誌が2009年のコペンハーゲンの国連気候変動会合前に行ったヨランダ・カカバゼ委員へのインタビュー「アマゾンの森を石油開発から守る保証書とは」を参照のこと]は、炭素クレジットとしては取引できない。しかしUNDPとの委任事項取り決め書(TOR)の中では、将来的なその可能性は排除されておらず、決まりが変わるのかもしれない。それを織り込み済みなのか、TORの中にはバレルという石油の量を表す単位ではなく、回避された排出量トンとして記されている。

アクシオン・エコロヒカが恐れているのはこのことである。「もともとこのイニシアティブの狙いは、炭素市場への批判にありました」とマルティネスは言う。「この点で言えば、石油市場に影響を及ぼさないよう細心の注意を払って作られた京都メカニズムは機能しません。工業国が汚染を続けられるように作られたからです」。ヤスニITTイニシアティブは、大量排出者がカネを払って支える炭素「緩和」プロジェクトである京都メカニズムのクリーン開発メカニズムとは違う。ヤスニの計画は、石油を採掘しないことが世界の石油供給に対する直接的な脅威となる。もしもこのモデルが世界中に広まって採掘をしない石油の量がある程度まとまれば、すぐに石油不足と石油価格上昇へと向かうが、一方でそれは二酸化炭素排出量の根本的な減少にもつながる。

また最終的には、コレア大統領は本当に協力的なのかという疑問が残る。確かに、コレア政権下では環境法上いくつかの非常に重要な進展が見られたことは間違いない。2008年に制定された新憲法は、世界で唯一自然の権利を認めたものである。動物と生態系には繁栄し生存する権利があるとし、そのような自然環境に損害を与える活動に対してエクアドル人は裁判を起こすことができる。

しかしマルティネスは、憲法が「環境保護主義色の強い」ものとなったのは、コレア自身というよりも政権内のアルベルト・アコスタなど重要な役割を担った人々のおかげだと言う。アコスタも含め、多くの人々がすでに政権を去っていることの意味は明白だ。「2008年に憲法が制定されてから、政府はその憲法と距離を置いています。あの条項がどうだこうだと言っては手を突っ込み、憲法の根幹を成すもともとの原則を弱めています」とマルティネスは言う。「自分で賛同した憲法を大統領が気に入っていないことは明らかです。環境保護主義のことはもっと好ましく思っていません。しかしそれによって彼が世界中の注目を浴びるようになったわけで、ジレンマに陥っています」

さらに言えばコレアは、先住民族の土地ときれいな水の権利を支持したかと思えば、先住民族がその同じ権利を求めて平穏に行う抗議活動を、手のひらを返したように激しく弾圧したりする。今年2月には、先住民族のリーダー3人が拘束された。彼らは、水に関する法律改正とアマゾン南部の大規模鉱山開発に対して起こった2009年の抗議活動で、テロと妨害工作を行ったとして告発されたのである。

広がる影響

ITT提案は4年あまり生き延び、その影響はエクアドルの国境を越えて海外にも波及した。「採掘しないという概念は、現在先進国と開発途上国の両方で議論されています」とマルティネスは言う。「このイニシアティブは自ら弾みをつけ、コレア政権下のエクアドルでの成否いかんにかかわらず、存在し続け、発展していくでしょう」

このことは、すでに辞任した提案活動関係者がいまだにそれを支持していることからも分かる。ファルコニ元外相は辞任後しばらして、「国として、私たちはイニシアティブを後押ししなければならないと思います」と述べた。「私たちは新たな保護の倫理を定めようとしています……。そのためには自己犠牲もいとわないつもりです。それは私たちが、これまでとは異なる社会の建設について話し合っていると信じているからです」

ナポ川に夕闇が迫るころ、ナポ野生生物センターの10代の若者2人がワニ見物に誘ってくれた。カヌーに乗って進むと、まったく動きのない黒々とした水面上に頭をもたげたそのは虫類の目が、私たちのたいまつの明かりと月の光に浮かび上がった。

エクアドルの提案は依然として俎上に上ったままだが、永遠にそのままになっていることはない。なんとか採掘を回避するにはかなりの資金が必要になる。それはおそらく、私たちが取り組む課題だろう。基金は現在個人からの支援も受け付けている。それによって象徴的な1バレルのヤスニの石油を「買う」ことが、石油に手をつけずに地中に残しておくことにつながるのだ。このイニシアティブは、市民社会からの提案である。「幅広い資金集め」とアマゾンのかけがえのない自然を守る取り組みは、結局はグローバルな市民としての私たちの肩にかかっていることになる。


ヤスニITTイニシアティブの仕組み


資金はどこへ行くのか?

集まった資金は、エクアドル全国で行われる再生可能エネルギープロジェクト、環境面や社会的な開発プロジェクトに使われる。実施プロジェクトは、運営委員会(エクアドルの政府と市民社会、支援国からの代表者によって構成)が選定する。重点分野は、森林保全、植林、社会開発、持続可能な生活環境の構築、エネルギー使用の効率化、クリーンなエネルギーと環境保全の研究である。

その詳細

エクアドルの財務省は、ITTの石油の掘削を無期限に行わない証明として、資金を寄付した個人や団体に対してヤスニ保証書を発行する[訳注:発行は10万ドル以上の寄付に対してのみ]。UNDPがその資金を信託基金として管理する。もしも将来的にエクアドル政府が採掘を決定した場合、全ての資金は寄付者に返還される。信託基金は、今後13年間で最低36億ドルを集めることを目標にしている。この年数は、石油採掘が可能と推測されている年数である。今年の年末までに少なくとも1億ドルの資金を集める必要がある。もしも1億ドルに届かなかった場合には、エクアドル政府はこのイニシアティブやめることができ、その場合には全ての資金が返還される。


●エクアドル政府のヤスニITT公式サイト yasuni-itt.gob.ec/

●国連開発計画(UNDP)のヤスニITT信託基金のサイト mdtf.undp.org/yasuni
※ヤスニITTイニシアティブへの寄付は、このヤスニITT信託基金のサイト左上の「DONATE NOW」をクリックして、クレジットカード決済で行えます。


NIジャパン

Electric power company established by citizens' hope and movement

市民によるエコ電力供給会社の設立は可能だ

3月11日の後、もちろんその前からも、「原発で発電された電気は使いたくない」「再生可能エネルギーの電気を使いたい」と思っていた人は少なくないでしょう。またスウェーデン、ドイツ、スペインなど、そんな選択を可能にした国のことをご存じの方も多いかと思います。

しかし残念ながら、電力自由化が緒に就いたばかりの日本の私たちには選択の余地はありません。まとまった電力を使う事業者であれば特定規模電気事業者(PPS)から電気を購入して脱原発&電力コスト削減を達成することも可能ですが、一般家庭には地域の電力会社と契約するしか選択肢はありません。もちろん、原発からの電力供給を受けていない地域、例えば日本の10電力会社の中で唯一原発を持たない沖縄電力管内や、ディーゼルを中心に地熱+風力で発電する八丈島などに移住するという手はありますが、そう簡単に引っ越すわけにもいきません。

余談ですが、沖縄に原発を導入するという話は以前からあり、福島原発事故を受けてもその可能性は消えておらず、今後も注意して見ていく必要があります。
原発導入に向けた研究中止を(琉球朝日放送)
仲井真知事は沖縄電力の出身で「小型原子力発電導入可能性の研究」計画 を推奨!(ブログ:「原発情報」を集めて、掲載しています。)
原発持たない沖縄電力、導入研究を継続(朝日新聞)

さて気を取り直して今回のテーマに話を戻しますが、現在はエコ電力供給会社によって電力選択の自由がある国としてよく知られているドイツですが、1998年の電力自由化前は、8大電力会社が国内発電量の90%を独占的に供給するという日本と同じような状況にありました。しかし自由化とともにその独占も崩れ、今では小規模な配電会社を含めると900社以上が電力供給に携わっています。

中でも再生可能エネルギーの電力を選べるエコ電力供給会社は、3.11後の日本人にとって羨望と垂涎の的ではないかと思います。その運営主体は、自治体、NGO、企業などがありますが、私たちに最も希望を与えてくれるのが、小さな町の小さな市民運動をきっかけにできた電力供給会社です。

そんなパイオニアが、ドイツ南部の有名なシュバルツバルト(黒い森)にあるショーナウ市で生まれたショーナウ電力(EWS)です。

この市民運動立ち上げメンバーのひとりで、現在はEWSの代表を務めるウルスラ・スラデックさんは今年、草の根レベルでの優れた環境活動に贈られるゴールドマン環境賞を受賞しました。この受賞に際しNIでは、今年6月号「極右が支持される理由」の中で、スラデックさんとEWSを取り上げる記事「草の根電力会社誕生への輝かしい取り組み One bright spark」を掲載しました。

現在協同組合として運営されているEWSですが、実はその歴史は、チェルノブイリ事故後の市民の不安から始まりました。事故後スラデックさんと仲間たちは、原発と放射能に大きな不安を感じ、原発の電気を使いたくないという思いを強くし、それを使わなくて済む方法をみんなで考え始めました。ドイツの電力供給の仕組みを勉強したり、再生可能エネルギーに積極的に取り組むよう地元電力会社への申し入れたり、省エネ方法の勉強会などの活動から始めて方向性を模索しました。最終的には、再生可能エネルギーにも省エネにも興味がなく、利益のことしか頭にない地元電力会社から地域の送電網運営権を買い取ることを決めました。

これは、地域はもちろん、NGOやメディアの協力も得て、全国に呼びかけて資金を集め、ちょうど更新時期を迎えた運営権を買収するというキャンペーンとなりました。この送電網を通して、再生可能エネルギーの電気を顧客に届けることができるようになりました。このいきさつについては、次のブログに詳しく書かれています。

市民による電力供給会社(ブログ:「幸せに生きる環境学(フライブルクにて)」)

1998年に1700の顧客をからスタートしたEWSは、現在12万の顧客に電力を供給するようになりました。そして今後は、福島の事故による追い風もあり、2015年には顧客数を100万に増やせると見ているそうです。

そのスラデックさんが、先週CNNに登場しインタビューを受けています。
Ursula Sladek: The housewife who powered a green revolution

あと、ショーナウ電力では、「原子力に反対する100個の十分な理由」を発表しています。環境問題を取り上げる日本の雑誌『オルタナ』のウェブサイトには、その日本語訳が掲載されています。
原子力に反対する100個の十分な理由」(オルタナ)

発送電分離の議論が全然進まず、電力会社の独占体制が盤石な日本から見れば、市民の手によるエコ電力会社が存在することはとてもうらやましい状況です。とはいえ、もちろん日本では一層の電力自由化が必要だとしても、EWSが最初は地域での小さな取り組みから始まって大きな波に発展していったことを聞くと、電力供給という国の根幹を成すシステムであっても、市民の手で少しずつ変えていけることが分かり刺激になります。もちろん日本でも、市民の手による取り組みで新しい波を起こすことは不可能ではないはずです。

NIジャパン

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After 3.11 or even before that you would think if you could choose electric power generated by renewable energy sources or at least non-nuke sources for your home. But unless you live in a country such as Sweden, Germany or Spain, your hope is, so far, up in the air.

In Japan, if you do not want to use electric power generated by nuclear power plants, you need to live in places like Okinawa Prefecture, located about 1600km south west of Tokyo, or Hachijyo Island, located about 300km south of Tokyo. They can assure no-nuke sources since the electric power grid of these places is not connected to the main power grid of Japan which connects to nuclear power plants.

Or if you consume electricity 50KW or more, e.g. offices or factories, you can ask independent electric power generating companies, include Power Producer and Suppliers (PPS), to buy electricity. But for a household, there is no alternative to buying electric power from one of 10 dominant electric power companies. They dominate not only electric power production but also electric power grid. It makes alternative ways spring up difficult.

Currently, out of these 10, only one, Okinawa Electric Power Company (OEPC), doesn’t have any nuclear power plant. It is because of small demand for electricity. Okinawa Prefecture is the most southern prefecture, consist of small islands. There are about 1.4 million people with no major heavy-industry area. However, OEPC has started the study to built a small nuclear power plant in Okinawa since 2003. Even after Fukushima’s disaster, OPEC’s research and evaluation still continues.

Hope doesn’t come from above, you may look at below. At the Germany's grass root level, there is a model.  Japanese people, as well as people in other countries, can look at the model, Schönau Power Supply (EWS).

In June issue of NI, the article "One bright spark" covered EWS and its president, Ursula Sladek, who received Goldman Environment Prize. You can check her story and video in the website of Goldman Environment Prize.

And last week, she was interviewed by CNN.
Ursula Sladek: The housewife who powered a green revolution

Because of the origin, EWS is naturally assertive and declares “100 good reasons against nuclear power”.

If you read the story of EWS and her group in above websites, you are definitely encouraged and feel that you can change a way to produce electric power by citizens’ hands. It is not impossible at all in any country including Japan.


> NI Japan

Yasuni ITT Initiative - a challenge to the oil dependent economy

ヤスニITTイニシアティブ ― 脱・石油依存というエクアドルの挑戦と人々の選択

昨年9月のエクアドルに関するシンポジウム「Viva Yasuní! 石油依存社会に対するアマゾンからの挑戦~日本は今、エクアドルから何を学べるのか?」から1年がたちました。

あの時はコレア大統領が来日したこともあり、エクアドルに関心のある市民団体が「エクアドルの挑戦に学ぶ実行委員会」を作りシンポジウムを企画し、注目を集めていた債務の帳消しや革新的な環境への取り組み、日本ではあまり知られていないエクアドルの政治状況、日本の市民団体の現地での活動などについて団体や研究者が話をしました。

そして今年は、その中のテーマのひとつであったヤスニITTイニシアティブに関するシンポジウムを開催すべく各方面の方々と企画中です。ヤスニITTイニシアティブの詳細に関しては「Viva Yasuní! 石油依存社会に対するアマゾンからの挑戦~日本は今、エクアドルから何を学べるのか?」ブログをご覧いただきたいのですが、一言で言うと、エクアドルのアマゾンの熱帯雨林の下に眠る石油を採掘せず、自然とその自然に頼って暮らす先住民族を保護する代わりに、採掘した場合に見込める石油収入の半分ずつを国際社会とエクアドルがそれぞれ負担するという提案です。

国際社会から集まった資金は、国連開発計画の信託基金で管理され、エクアドル国内で実施されるさまざまな再生可能エネルギープロジェクト、自然保護や社会開発などのプロジェクトに使われます。

この計画は、これまで莫大な二酸化炭素を排出してきた特に先進国から見れば、二酸化炭素排出量削減への貢献であるとともに、エクアドルが持続可能な社会に変わる一助となる国際協力の一種でもあります。概要は、1枚で分かりやすいチラシ(PDF)がありますのでご覧ください。

ヤスニとはどんなところなのかは、この動画をご覧ください。

ここは、世界で最も生物多様性に富んだ地域のひとつで、ユネスコの生物圏保護区に指定されています。またここには、古くからこの自然の中でこの自然に頼って暮らす先住民族がいますが、彼らの中にはいまだ自主的に外界との接触を絶って孤立し、昔ながらの暮らしを選んでいる人たちもいます。

石油採掘が行われれば、この自然と人々の暮らしはもちろん破壊されてしまうのです。

しかし実はその危機が迫っています。この計画が実行されるかどうかは今年の年末までにヤスニITT信託基金に1億ドル集まるかどうかにかかっており、もしも集まらなかった場合には、基金は解散してそれまでの拠出金、寄付金は返還され、石油開発が始動する可能性があるのです。現在集まっている資金は、債務の帳消し分を含めても半分に達していません。エクアドル政府のヤスニ担当者らは、なんとか必要な資金が集まるように、政府・国際機関から慈善団体・一般の人々まで世界中で広く働きかけています。

今週23日にはエクアドルのコレア大統領が国連総会で演説しますが、その中でこのヤスニITTイニシアティブへの支援を呼びかける予定です。また、エクアドル政府筋の話では、潘基文国連事務総長も演説の中で支援を訴える予定だそうです。

ようやく先日クレジットカードによる小額寄付のページができ、個人や団体でも手続きがしやすくなりました。国連開発計画のEcuador Yasuni ITT Trust Fundのウェブサイトの左上にある「DONATE NOW」をクリックすると寄付受付画面が現れます。

現在計画中のシンポジウムは、ヤスニITTイニシアティブの仕組みから課題、現状から未来までが分かるような内容にできればと鋭意準備中です。詳細が決まり次第ブログでアップデートします。

あと、後日日本語訳ができたらお知らせしますが、NIブログに掲載されている現地からの報告はこちらから読めます。Oil or life? Ecuador's stark choice
(日本語訳ができました アマゾンの石油を掘るべきか掘らざるべきか ― エクアドルの厳しい選択

>NIジャパン

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Last year, Committee on Learning from Ecuadorian Challenges, included NI Japan, hold a symposium “Viva Yasuni! Amazon's Challenges to Oil Addicted Societies: What can Japan learn from Ecuador now?”.

This year, NI Japan together with other NGOs, are now planning a symposium focus exclusively on Yasuni ITT Initiative.

About Yasuni, please read the PDF leaflet, or check the websites below.

Yasuni ITT Documentary 2009 (Youtube)

Yasuni-ITT

UNDP: Ecuador Yasuni ITT Trust Fund

UNESCO Biosphere Reserve Information: YASUNI

But now Yasuni ITT Initiative is facing danger of “extinction”. Although the initiative needs to collect US$100 million by the end of this year, the current amount collected doesn’t reach the half of the target.

On this coming Thursday 23rd, Ecuadorian President Rafael Correa will call for support for Yasuni ITT Initiative in his address at the UN General Assembly. And Secretary-General Ban Ki-moon would also speak about Yasuni, according to a Ecuadorian government official. Ecuadorian officials are putting a large effort to explain about Yasuni ITT Initiative around the world, in order to collect necessary amount for the fund.

Now UNDP has a credit card donation system, so that individuals and organizations can donate without complicated procedures. For donation, visit Yasuni ITT Trust Fund website and click “DONATE NOW” button on the upper left-hand side of the page.

For the details of this year’s symposium, I will update on this blog.

A recent report from the Yasuni area on NI Blog: Oil or life? Ecuador's stark choice

> NI Japan

Norway's bloody day

ノルウェーの血塗られた日

7月22日、それはノルウェーにとって、戦後最悪の血塗られた日(風刺画 "Norway Mourns" by Matteo Bertelli)となってしまいました。

オスロの首相府近くで起こった爆弾テロの約2時間後、オスロ郊外のウトヤ島で残虐な銃撃が1時間半続きました。この連続テロの死者数は当初93人と言われていましたが、その後の警察の調べで76人に修正されました。 BBCのリポート

逮捕されたアンネシュ・ブレイビクは犯行の動機について、「イスラム教徒の侵略からノルウェーと西欧を守るため」で、移民導入を進めた労働党の「将来の党員募集を阻害するため」に、若者を殺した、と語っています。(引用元は2011年7月26日付Web版毎日新聞)。

ブレイビクが襲ったのは、与党労働党の青年部(AUF)のサマーキャンプです。ツイッターの記録から、そこには全国から700人あまりの若者たちが集まっていたと言われています。彼らは政治に関して議論したり、音楽やスポーツを楽しんだり、政治家らの講演を聞いたりして過ごしていました。そしてまた、環境、女性の権利、中東の政治に関して議論が行われ、盛んにツイートも行われていましたが、それはある時点で不気味に途切れています。
Global Voices "Norway: A Firsthand Account of the Massacre in Utøya"

今後の捜査でさらに詳しい状況や容疑者の考えなどが明らかになると思いますが、これまでのところブレイビクについて分かることは、ノルウェーの労働党が進めてきた移民政策に強く反対する執念深い人物像です。それは、このテロを実行するために2009年から周到に準備を進めてきたことに加え、襲ったのが現在の政治家ではなく(演説後、襲撃前に現場を去ったブルントラント元首相を狙ったとの報道もあります)将来のノルウェー政界を担うかもしれない若者たちという点からもうかがい知ることができます。

今回、NI 6月号「極右が支持される理由」で取り上げましたが、ヨーロッパでは、かつては既存メディアも政治家も気にかけてこなかった極右政党が、国政に一定の影響力を持つようになっています。2000年にイエルク・ハイダー率いる極右政党の自由党が連立政権に加わりヨーロッパ中に衝撃を与えたオーストリア。ヘールト・ウィルダース率いる自由党(昨年6月の総選挙で9議席から24議席へと躍進)が閣外協力して多文化主義政策に終止符を打ちつつあるオランダ。昨年の総選挙で移民への反感をあおって初の議席を20議席も獲得して無視できない存在となったスウェーデン民主党は、高齢者(または元からスウェーデンに住むスウェーデン人)の福祉と移民政策の二者択一を感情に訴えて迫るような選挙CMの放送を予定していました。このCMは放送が見合わされたものの、これと似たような二者を対比させるCMが放送されて物議をかもしました。

もちろんこれらの極右政党は政治政党であってテロ組織ではなく、極右思想の持ち主が誰でもブレイビクのような蛮行に走るとは考えられません。しかしどの政党も、一部の過激なイスラーム教徒による海外のテロ事件や各国内の不況と雇用不安がもたらす心理状況を利用して、ネイティブ(もともとその国に住んでいる人)と移民の間に寛容、受容、対話を促して社会の調和と結束を図る代わりに、非生産的な拒絶、嫌悪、衝突を広めて分断をもくろんでいるのです。

ノルウェーでは、今のところ人々は怒りよりも犠牲者に対する悲嘆に包まれた状況で、外国人に対してもこれまでと同じ様に落ち着いた態度で接しているようです。今回の事件が、開かれたノルウェー人の思考とノルウェー社会に今後どのような影響を及ぼすのか懸念されるところですが、影響力を拡大したい極右や右翼勢力が支持を伸ばしたり彼らに有利に働くことはないでしょう。今回の事件はあまりにも凄惨で痛ましくひどいもので、彼らの主義主張に同調する市民が増えるとは思えません。

NIジャパン

NI Japan Lecture Meeting 2 “Let’s talk about seeds and exchange traditional varieties”

このイベントは、たね交換の最少催行人数に達しなかったため中止となりました。

NIジャパン<持続可能な社会と暮らし方を探る講演会>その2
たねの話とたね交換会 ~たねを通してつながり、受け継がれていくもの


「タネの多様性を守れ Seed savers - The frontline against world hunger」

実は、昨年最も反響の大きかった号がこの9月号でした。

その理由として、ちょうど名古屋で生物多様性条約会議が開かれる前で、会議に向けて多くの報道があり政府による広報も盛んで、植物のタネと多様性というキーワードに注目が集まったからと考えられるかもしれません。

しかし多くの人々は、自分たちが毎日食べている野菜のタネの真実を知りたいと考えたようでした。遺伝子組み換えや農薬についてはよく知っているという人でも、一代限りのタネとなるよう品種改良によって手が加えられたタネについて知っているという人は多くはありません。

そしてそのタネが、野菜の低価格・安定供給・見栄えの良さ・色や形の画一化といった、私たちが店で野菜を選ぶ時に当たり前のように考える基準のために開発されて市場を席巻し、その一方で伝統的な野菜たちがどんどん減少しているという現実について知っている人も多くはありません。


今回は、この9月号の「日本での動き」で取材をしたたねの森の紙英三郎さんを招いて講演会を行います。最初にタネを取り巻く環境についてNIジャパンから説明した後、参加者自己紹介&タネ紹介から始まる「たねの交換会」を行います。たねの交換会は、品種改良された一代限りのタネではなく、自家採取した伝統種(固定種)のタネを持参して交換し合い育て、伝統的な野菜たちを保存していこうという取り組みです。

もちろんこの講演会は、そんなタネはないという方でも参加は可能ですので、めずらしい野菜たちを知りたい、栽培者の話を聞いてみたいという方も遠慮なくお申し込みください。申込方法や詳細はこちらから。

【講演会内容】
・たねについての話
・参加者自己紹介&たねの紹介
・たねの交換会&交流会

日時:2011年7月24日(日)14:00~17:00
場所:調布市 市民プラザ あくろす ホール2
参加費:500円(資料代として)
 *ニュー・インターナショナリスト定期購読者は無料
定員:40名
詳細・申込方法は、NIジャパンのウェブサイトでご覧ください。

NIジャパン

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Last year, NI covered problems and hopes around seeds as “Seed savers - The frontline against world hunger” in the September issue.

You can read the main article of this issue "Seed savers" online.

On 24 July, NI Japan will have a seeds exchange session and a short lecture on problems on seeds’ diversity.

Kami Eizaburou, who sells seeds from organic grown vegetables at Tanenomori, will come to the exchange session as a facilitator.

For details, please check NI Japan event page.

>NI Japan

Report “Get your renewable energy and save it at your home"

講演会報告「自宅のエネルギーを自分でつくり、ためる方法を教えます~身近な素材で自然エネルギーをつかまえよう」

6月からインターンを始めた杉山です。

連日、テレビなどで省エネ、節電と騒がれている中、自分で電気を作るという試みについての講演会「自宅のエネルギーを自分でつくり、ためる方法を教えます~身近な素材で自然エネルギーをつかまえよう」を7月2日に開きました。本当に自分でできるの? どうやって? 知りたいことが山のようにありました。

当日は、太陽光を使った蓄電システムや、発砲スチロールを使った温熱システム、人力発電ラジオを実際に見ながら、講演会が行われました。それぞれの装置は一人で持てるくらいの大きさでかなりコンパクトにできていました。

高野さんからは「いたって簡単でね・・・・」と、太陽光パネルと蓄電装置を見ながら説明があり、実際に蓄電システム(充電済み)に、扇風機とLEDのランプをつないでスイッチを入れて動きだすと、「おぉ!」という歓声があがりました。「これで大体、8時間くらい持ちますね」、するとさらに「おぉ!」。みんな、頭を寄せ合って装置を見ながら、高野さんにあれこれ質問していました。

Photo1:黒い箱には自動車用バッテリーとインバーターが入っています。中に見える木枠もお手製。満充電すれば、横にあるLEDライトひとつと扇風機を8時間ほど動かせます。

少しの知識があれば、秋葉原の電気屋さんやネットで買った太陽光パネルと、車関係のお店で自動車用バッテリーやインバーター(直流交流変換と電圧変換をする機械)などを買ってつなぐだけでできるのです。しかもそれをホームセンターで買ったというコンパクトな箱に収めているので、持ち運びも簡単。部屋の片隅に置いておくこともできます。機械はまったくわからない私でさえも、「できるかも!」と思いました。しかもこの蓄電システムは2万円ほど。かなり手ごろな値段でできます。コンセントから充電して非常用に備えるにはこれで十分。太陽光パネルをつないで充電するにはもう少し部品が必要になるそうです。

Photo2:発泡スチロールの内側にスナック菓子の袋を貼り付け、太陽光をペットボトルに反射させて熱効率を高めています。

次に驚いたのは、りんご箱サイズの温熱システム。りんごが入っている発砲スチロール箱の内側に銀色のシートを貼り付けて、それに透明な蓋をつけただけのものです。内側に貼ってある銀色のシートは、なんとスナック菓子の袋を裏返したもの。ここまで身近なものでできるとは! 黒く色を塗ったペットボトルに水を入れて箱の中に入れ、ふたをして外に置いておくだけでできるのです。ペットボトルを塗るのが難しければ、黒い色の缶(コーヒーの空き缶が便利)を入れておくだけで、温水が作れます。透明なシートのふたを作るのが難しければ、透明なゴミ袋でこの箱を覆うだけでOKとのこと。たったこれだけ。この箱の中に黒いお鍋を入れて豆を煮たり、さらにはホットケーキもできるそうです。

Photo3:4本のペットボトルはプラスチックの管でつながれています。水がスムーズに入るように底に開けられた小さな空気抜きの穴を指す高野さん。

「この暑い夏を使わないのはもったいないですよ」と高野さん。たしかに、毎日暑がっているだけではなく、この日差しを使って楽しまない手はないですね。こんなに簡単に作れる温熱システムは、早速試してみたいと思いました。

NIジャパン

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Hi I'm Sugiyama, working as an intern for NI Japan since last month.

I want to report about the last week's lecture meeting "Get your renewable energy and save it at your home".

That was really interesting and inspired to see ideas and devices made by Takano-san, who developed own devices for sustainable and low-carbon lifestyle.

He brought his handmade devices. You can see a portable battery system in a black plastic box in Photo 1. It can be charged by usual home electricity outlets. You can chare by a solar panel too, but you need some extra electric parts to use it safely though.

In the box, there is a car battery and an inverter, which converts electric currents between AC and DC. Once you charge the battery full, you can use one fan and one LED lamp, showed in Photo 1, for about 8 hours. The material cost of this system is only 20,000 yen. It is surprisingly simple, as well as low cost. Even I am having no ability to do mechanical and electric things, I felt I can manage to assemble the system.

Four black bottles with a white styrene foam box in Photo 2 are solar water heater by reused plastic bottles. The inside of the box was covered by potato chips bags turned inside out (silver part) to converge sunshine and heat at the bottles. It is not in the photo, but a clear plastic sheet are fixed on the cover of the box, so that sunshine go through into the box while it keeps heat inside the box. Fill the plastic bottles with water and put them in the box then place the box under sunshine. You will get hot water easily.

Takano-san said that if you put a black-colored frying pan, you can cook boiled beans or pan cake in the box. He said that “we should make use of such hot summer weather”.

Certainly, we shouldn’t only curse heat everyday, but we enjoy the summer sunshine. I think I would try to make such an easy-to-make solar water heater.

>NI Japan

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