New Internationalist

Oil or life? Ecuador’s stark choice (Japanese)

*This is Japanese version of Esme McAvoy’s article “Oil or life? Ecuador's stark choice”. Read the original article on NI Blog here.

※これは、NI Blog掲載のエスメ・マカヴォイの記事"Oil or life? Ecuador's stark choice"を日本語に翻訳したものです。元記事(英語)はこちらから読むことができます。


アマゾンの石油を掘るべきか掘らざるべきか ― エクアドルの厳しい選択


この地球のために石油を採掘しないという大胆なヤスニ提案。この提案の現状を探るため、エスメ・マカヴォイがアマゾンに向かった。

(PHOTO: Mauro Burzio / Gobierno Municipal de Francisco de Orellana)


くるりと体を1回転させ、私は確信した。回りには樹木しかない。私の目に入るのは、どこまでも続くうっそうとした森林である。傘ほどの大きさの葉と、ところどころに塔のようにそそり立つカポックノキが作り出す緑の木陰。カポックノキは、熱帯雨林の樹海から頭を突き出す巨木である。

私は高さ36メートルのバードウオッチング用タワーの上にいる。そこからエクアドルのアマゾンの中心にある壮大なヤスニ国立公園の一部を眺め、ちっぽけな自分を実感している。

エクアドルはこの地において非常に大きなジレンマに直面している。この国立公園の手つかずの区域(現在科学者らは、ここが地球上で最も生物多様な熱帯雨林地帯だという見方で一致している)の下には、金額に換算すると70億ドル分以上の石油が眠っている。イシピンゴ、タンボコチャ、ティプティニ(略してITTと呼ぶ)の3つの石油埋蔵地区には、エクアドル全体の石油埋蔵量の5分の1に等しい8億4,600万バレルの石油が埋蔵されている。しかしエクアドルのコレア大統領は、この石油に手をつけないという前代未聞のオルタナティブな試みを進めている。それは、この石油を永久に採掘しない代わりに、この石油の市場価格の約半分にあたる36億ドルの肩代わりを国際社会に求めるというものである。

この石油を採掘しなければ、フランスの年間排出量に匹敵する4億700万トンの二酸化炭素の排出が回避されることになるだろう。国際社会からの資金は、エクアドルの石油依存度低下を後押しする再生可能エネルギープロジェクトに投資され、そこから期待されるリターンが全国の環境保全とコミュニティー・プロジェクトに使われる。

2007年に初めて発表されたヤスニITTイニシアティブ提案は、暗礁に乗り上げていた国連気候変動交渉の中では数少ない光明のひとつだった。それは、責任を分担するための新たなモデルを提案し、議論の方向性を変えるもので、「カーボンオフセット」と影響緩和に関するものに移ってしまった議論を、排出をその根源から断つという常識的な考え方に沿った当初の議論に戻す提案だと考えられた。

しかしその発表以来、この提案は3つの委員会を消耗させ、閣僚らの辞任を招き、当初のボタンの掛け違いと一進一退する状況に苦しめられた。コレア大統領が採掘という脅しを口にしたこともあり、この提案への信頼は傷つけられた。いくらか進展もあったが、支援するという口約束はほとんど実際の拠出に結びついていない。

エクアドルはこのままずっと待ち続けるつもりはない。今年年末までに1億ドルが基金に集まらなければ、コレア大統領はこのイニシアティブを撤回し、石油採掘という「プランB」[訳注:一般的には万が一のための代替案のことを指す]に進むことができるのだ。

大騒ぎの正体は?

ITTの石油を開発しない環境上のメリットについては、疑問を差し挟む余地はない。ヤスニ国立公園の熱帯雨林1ヘクタールには650種以上の樹種が確認されており、米国とカナダ全体の樹種よりも多い。またこの公園には、600種以上の鳥類が生息する。両生類、は虫類、コウモリの「種の豊富さ」に関しては、いくつもの観察調査によって世界的な記録が残されている。この驚くべき「メガ多様性」によってヤスニ国立公園と周辺地域は、1989年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の生物圏保護区に指定された。ここで石油が漏れ出せば大惨事になるだろう。

また、この国立公園の全域が、ワオラニ民族が祖先から受け継いできた土地である。ワオラニ民族は、かつては狩猟採取生活を送っていた気性の荒い先住民族だが、現在はほとんどが38のコミュニティーに分かれて定住している。だが、少なくともタガエリ民族とタロメアン民族の2つの民族は今も接触を断って暮らしている。そしてまた、ワオラニ民族の中にも外界との接触を断って暮らす人々がいる。彼らは自主的に隔絶した生活を送っているのだ。ITTの石油を開発しないことは、彼らの生存にとって非常に重要なことである。1999年、ヤスニ国立公園の南半分、約70万ヘクタールが「不可侵な地域」に指定され、いかなる資源開発も許されなくなった。

しかしヤスニは、対抗する圧力にさらされている。環境NGOのセーブ・アメリカズ・フォーレストのマット・ファイナーによれば、今日のヤスニ地域は、「保護区と先住民族居住区と採掘権益鉱区が複雑に入り組んでいる」。国立公園の保護やユネスコの指定にもかかわらず、しばしば石油の権益者が勝利を手にする。

熱帯雨林からの視点

自分たちの住んでいる場所が突然世界から注目を集めるようになったことについて、ヤスニの地元の人々はどう感じているのだろうか。私はそれを探るため、夜行バスに乗って石油の町コカへと向かった。コカはオレリャナ州にあり、エクアドルアマゾンの北部玄関口である。そしてまた、この国の石油のほとんどが生み出される場所でもある。

うだるような暑さとバスや大型四輪駆動車のクラクションがしばしば鳴り響くコカは、本当にジャングルの中の都会であった。私は、やがて下流でアマゾン川に合流するナポ川の土手に腰を下ろした。この町は、1960年代終わりに米国の石油会社テキサコ社が石油を発見してから急激な発展を遂げた。しかしそのにぎわいと成長にもかかわらず、この町には富が根付いていない。「オレリャナ州は、エクアドルの石油の63%を生産していますが、人々は最貧層です」と地元政府の環境局のエンリケ・モラレス局長は言う。「この地域では、世界有数の豊かな企業が採掘を行っていますが、地元の人々はそんな企業とは無関係で物乞いをせざるを得ません」

石油企業が初めてこのアマゾンにやってきた時、国は何もせず成り行きに任せていた。そのため地域コミュニティーは、彼らにとっての問題を作り出している石油産業以外に頼るものがなくなってしまったのである。アマゾンの中へ伸びていった道路は、抑制の効かない移住と森林伐採をもたらした。

「コカにある道路、保健センター、学校はすべて石油企業が建てたものです」と言うのは、地元の町の観光局で働くゲラルド・ゴメスである。「ヤスニITTイニシアティブはここでも勢いはありますが、難しいですね。手早く稼ごうと考える人々が思い浮かべるのは、石油関連の仕事なのです」

モラレスによれば、オレリャナでは実際に石油企業で働いている人は少ない。「少なくとも、まともな仕事に就いている人はほとんどいません。地元の人間に用意されているのは、溝掘り、漏れた石油の除去、道路清掃などです」

国に見捨てられた地域

石油採掘による最も大きな影響の一端が見られるのが、先住民族のワオラニ民族である。移動しながら暮らすこの荒っぽい人々と最初に接触したのは、キリスト教福音派の宣教師たちで、それは1950年代のことだ。砂糖を渡したり空からコカコーラを箱ごと投下したりして彼らとの接触に成功。それに続いたのが石油企業だった。彼らは、各血縁集団が比較的小さなグループとして別々に暮らすというワオラニの社会構造に目をつけた。そして、石油を採掘する見返りとして現金、道路、食料、酒を提供すると言って各集団のリーダーと個別に交渉した。こうして入ってきた新しいものが一体となって影響し、狩猟採種民族の文化を一世代のうちに破壊してしまったのである。

アマゾン地域のコミュニティーは、政府から見捨てられている。モラレスによれば、ここで地元民が利用する水のうち、飲料水として安全な水の割合は4%しかないという。「中には、石油の影響で完全に有毒な水もあります。私たちはほとんど毎日のように、石油パイプからの漏れ、石油の漏出、住宅地近くでの汚染について人々から報告を受けます」

ミゲル・ハラミジョは26歳。現在コカ在住で、米国のエネルギー企業ハリバートン社と契約を結んで働くタンクローリーのドライバーである。「ハリバートンは、ここで操業する全ての石油企業と契約し、油井内部をコンクリートで固めるライニング工事、油井の封印、汚染された廃棄物の除去などをしています」と彼は話した。「石油生産は高価な設備、規制化学物質を使用し、大量の有害廃棄物を生み出します」。昨年彼は、スペインの石油企業レプソル社が操業する油井から廃棄物を取り除く作業を手伝った。その油井は国立公園内に位置し、採掘時に出た3,000立方メートル以上の汚泥を除去したという。

「私たちは石油汚染の中に暮らしているのです」と彼はコカの町を指して言った。「汚染された場所で暮らすことになるのは、いつだって貧しい人間です」。しかし石油関連の仕事は、そこそこの給料と研修を提供してくれる貴重な仕事である。「ここでは仕事の機会があまりにも少なすぎます」と彼は言う。「ドライバーは月に1,000ドル稼げますが、ここでは良い方です」

コカの町の外のアマゾンにより深く入っていけば、そこに住む人々は主に先住民族のケチュア(キチュア)民族か自給自足で暮らす農民たちとなる。ケチュアはもともとは移動して暮らす採種狩猟民族である。どちらのグループも、石油開発で道路ができたことによってこの地域に移り住んだ。また彼らは、豊かな熱帯雨林とその中に存在するきれいな川、食料としての動物、作物を栽培する土地に依存して暮らしている。ケチュア語では、きれいな水、土地でとれる安全な食べ物、健康的な環境を伴う「良い暮らし」という概念がSumak Kawsayという言葉に凝縮されている。エクアドルの国が定めた開発計画には、Sumak Kawsayが全国民の主要目標としてうたわれている。

石油に代わる方法を考えていく:メリトン・ユンボと娘のシャーリー。彼は、ヤスニ国立公園内にあるナポ野生生物センターを所有するケチュア民族コミュニティーのリーダーである。(PHOTO: Esme McAvoy)


しかし環境NGOのアクシオン・エコロヒカのエスペランザ・マルティネスによれば、人々は石油採掘を受け入れるよう脅迫されることもあるという。「コミュニティーの人々は、『より良い道路と新しい保健センターがほしければ、石油開発が必要だ』と言われることもあります。最近コレア大統領は演説の中で、『石油開発をさせないというのであれば、保健医療、教育、学校をどうにかしてほしいと私に頼むな』と述べました。しかし真実は、石油開発が行われれば、その土地の周囲では良い健康も豊かな作物もあきらめることになるのです。そこにはSumak Kawsayは存在しません。地域における油井の数と貧困レベルには相関関係が見られます」

現在、熱帯雨林の中ではなく、コカの町に住む先住民族の家族が増えている。地域のケチュア女性協会を立ち上げたアドリアーナ・シグナゴ(49)は、他の多くの先住民族女性と同様に、夫が石油企業で安定した仕事に就いたためしぶしぶ町に出てきた。「その変化に慣れるのは大変でした。森の中では、森の恵みや自分が裁培した物を十分に食べることができました。私たちはお金のことは考えませんでした。しかし町では土地もなく、すべての物は買わないといけません」。彼女にヤスニITTイニシアティブについて聞いてみると、すっきりしない様子で言った。「ええ、石油を採掘しないという話は聞いたことはあります。でも、分かりません 」。コカの他の住人たちにも聞いてみたが、返ってきたのはほぼ同じような反応だった。多くの人々は、ヤスニITTイニシアティブについて何かしら聞いたことはあるものの、目の前の家族の衣食住の心配の方が大きかった。

代替案としての観光業

「短期間で終わってしまう石油採掘に変わる、新たな別のものを見つける必要があります」と言うのは、ヤスニITT提案の技術監修者であるカルロス・ラレアだ。彼は、たとえ新しい油田の発見を考慮したとしても、石油を採掘できるのはせいぜい30年だと考えている。「石油生産は現在がピークで、今後減少に転じるでしょう」とラレアは述べる。「もしもITTを採掘したとしても、その減少をたった1年先延ばしにする程度です。全くおろかなことです」

このアマゾン地域に住む人々にとって、経済の代替策として最も期待できるのは観光である。環境保全という目的に沿った観光のモデルとしてしばしば取り上げられるのが、ヤスニ国立公園内にある洗練されたロッジ、ナポ野生生物センターだ。1998年にNGOからの資金で創設されたこのセンターは、今では完全に地元のケチュワ民族コミュニティーの所有に移っている。この地域の若いリーダーで、石油開発反対の決意が固いメリトン・ユンボ(29)は言う。「レプソル社は私たちの領地内に16の油井を掘りました。しかしここには掘ってもらいたくありません」

「私たちは生活様式を変えました。熱帯雨林の生物多様性を守るために狩りをやめたのです」。ケチュワ民族は、もともとは熱帯雨林に生息する鳥類、小型げっ歯類、サルを捕って食料にしていた。狩りをやめた彼らは、今ではコカのスーパーマーケットで食料を買っている。

それはとても思い切った決定だったが、このコミュニティーに住むフリア・セルダ(45)は前向きである。「狩りをあきらめることは難しいことでしたが、私たちの領地内でより多くの動物を見るようになりました。子ジカも本当に近くまで寄ってきて、私の子どもたちもそれを見ることができます。また観光客にもたくさんの動物が住む森を見せることができるのです。石油は、政府がそれを富裕国にただ売るだけです。私たちには何も残らず、鳥、動物、木が取り上げられてしまうのです」

このコミュニティーでは、観光収入のおかげで新しい教室を数教室と、保健センター1カ所の建設に着手できた。また、外国人観光客からの影響がはっきりと見られる。例えば、コミュニティーの10代の若者たちは、彼らの着ている伝統的な服をジーンズやトレーナーと交換する。そして彼らは、電波が十分でないにもかかわらず、携帯電話を持っているのだ。

ナポ川沿いでは、コミュニティー主導のよりシンプルな事業も立ち上がっている。いくつかのケチュアのコミュニティーが一緒になってガイドツアーや伝統住居への宿泊を提供している。「コミュニティーの中には、アマゾンのくだものやコーヒーを裁培して、観光客が収穫の手伝いをするという『農業観光』や、コミュニティーで作った伝統食料の販売を手がけるところもあります」とケチュア観光連帯ネットワーク(REST)のカルロス・プカ代表は説明する。「また、ケチュア民族が古くから利用してきた伝統医学の薬草を裁培する薬草園を作ってガイドツアーを行っているコミュニティーもあります」

草の根レベルからの提案

地元では、多くの人々が依然としてヤスニITTイニシアティブのことをあまり知らない状況にあるが、石油を採掘しないというアイデアはコレア大統領の発案ではない。アマゾン北部で数十年続いてきた見境のない石油開発に対する草の根レベルでの抵抗から生まれたアイデアである。エクアドルは1972年から石油を輸出してきた。輸出額における石油の割合は60%に上る。国民の半数あまりが貧困ライン未満で暮らすこの国にとって、ITTに眠る石油を開発しないという決定は容易なものではない。

しかし1993年、3万人を超えるエクアドル人が巨大石油企業テキサコ社(現在はシェブロン社の傘下)を相手取って裁判を起こした。彼らは、テキサコ社の時代遅れの技術によって、18万ガロン(68.13万リットル)の有毒な廃棄物が直接河川と土壌に捨てられて土地と水が汚染されたと訴えた。これは、環境関連の係争としては世界でも史上最大となり、今年2月まで17年を超えて激しく争われた。その結果、シェブロン/テキサコに対して有罪判決が下った。ただ現在はシェブロン/テキサコ側が控訴し、判決確定が一時的に停止されている。ヤスニITT提案の発案にかかわったアルベルト・アコスタは、「テキサコ社に対するこの裁判を通して、石油に対する強力で組織立った対抗勢力が生まれました」と語った。「この動きにかかわっていた人々は、提訴直後にアマゾン全域での採掘中止を要求し始めました」

2000年には、アコスタとアクシオン・エコロヒカ創設者のエスペランザ・マルティネスを含む研究者や環境保護主義者のグループが、アマゾンでの石油開発を一時中止する案とエクアドルの「脱石油」を達成する方法を検討し始めた。

2007年に左派寄りのコレア大統領が誕生し、彼らの多くが政権に加わり、アコスタがITT提案を提起した。「私は新たにエネルギー鉱山相に指名されましたが、石油資源を開発しないよう大統領に言いました」とアコスタは述べた。「多くの人々は、当時は石油価格が高かったため、エクアドルのような石油依存国では私はクビになると考えていました」

アコスタに立ち向かってきたのは、採掘しか頭にない国有石油会社ペトロエクアドルのカルロス・パレジャ・ヤヌッゼリ社長だった。だがコレア大統領は妥協案にたどり着く。「コレアは、補償を得る代わりに採掘しないことが第一案になり、第二案は採掘という選択肢も排除しないものになるとし、どちらも並行して取り組まなければならないと決めました」とマルティネスは説明する。このような経緯から、ヤスニITT提案が世界に示されて大統領への賞賛が集まっている一方で、プランBという代替案も静かに動いているのである。

撤回された調印

「当初から大統領は、最低限の資金を集める期限を決めては延長するということを繰り返してきました」とマルティネスは振り返る。2008年半ば、ロケ・ セビージャ外相を委員長として3億5,000万ドルを2008年9月までに集める委員会が立ち上がった。この期限はその後12月に延長され、最終的に2009年2月に期限が撤廃された。「私たちの最初の任務は、多くの専門的、法的、科学的な調査を依頼することでした」、と元ITT委員会メンバーのヨランダ・カカバゼは説明する。「生物多様性、炭素排出量のデータ、石油探査の統計、法的枠組みに関する国内外の調査です。刺激的なアイデアを確かな提案にして世界に示せるようにするために、どれも必要なものでした」

昨年12月にカンクンで行われた気候変動会合で、ヤスニITTイニシアティブについて熱烈に売り込むコレア大統領(一番左)。しかし、彼の約束に対する不信はぬぐいきれない。(PHOTO: Miguel Romero / Presidencia de la Republica del Ecuador)


2009年11月には明るい兆しが見えてきた。ITT委員会メンバーが国外へ出かけて説明を行った後、ドイツが年間7,000万ドルの支援を決め、そのほかにもヨーロッパの数カ国が興味を示したのだ。

最も期待が高まったのは、国連開発計画(UNDP)が信託基金の独立した管理者になることに同意し、2009年12月のコペンハーゲンの国連気候変動会合で協定に調印することが決まった時である。しかし土壇場になってコレア大統領は、エクアドルの代表団に調印しないように指示した。そして大統領は、そのすぐ後にITT委員会を公に非難し、交渉が不十分で条件がエクアドルの国家主権にとって「恥辱的」で非礼なものだとの批判を繰り広げた。彼の激しい批判は、週1回の国民に向けたテレビとラジオの大統領演説で流され、その後すぐに委員長のセビージャが辞任し、ファンデル・ファルコニ外相とカガバゼも委員を辞任した。

しかしなんとかITT提案は生き延び、残った委員に新しいメンバーが加って新チームが結成された。2010年8月3日、新しい協定がUNDPとの間でようやく調印された。コレアの撤回劇はこの提案への信頼を傷つけた。しかし、異論はあるにせよ、その撤回のおかげでエクアドルは、集めた資金の使途の決定により大きな影響力を持つという注目に値する条件変更を手に入れたのである。

支援を一番最初に申し出たのはチリだった。その支援金10万ドルは隣国としての連帯表明の意味合いの方が強かった。スペインは140万ドル、ベルギーのワロン地域政府からは41万5,000ドル。イタリアは「債務スワップ」[訳注:債務支払いの免除]として3,500万ドルの支援を申し出ている。最も早く支援に名乗りを上げた国のひとつであるドイツは、政権交代を受けてその決定が変更されると思われる[訳注:今年6月ドイツ政府は、ヤスニITT信託基金への資金拠出撤回を決定した]。ラレアによれば、企業と非営利機関からの支援によって、2011年2月までには基金は3,800万ドルまで増える見込みだという。

現在このイニシアティブは重大な局面を迎えている。2011年12月までに少なくとも1億ドルを集めなければならないのだ。現在、元駐米エクアドル大使のイボンヌ・バキがヤスニITTイニシアティブの交渉責任者として活動している。

ぬぐえない不信

ヤスニITTイニシアティブに対するバキの熱意にもかかわらず、それがどう扱われるのか、どのような方向に進んでいくのかに関しては不信がぬぐえない。このイニシアティブを常に脅かしている最も大きな存在が、消えては現れるプランBの亡霊である。私がコカを訪れた時、多くの地元政府の人々が、イニシアティブの動きよりも石油開発計画の進展の方が早いのではないかという懸念を示していた。

このイニシアティブが保護する区域として指定しているのは、当初からヤスニ国立公園の20%だけである。しかし2010年の初めに政府からは、ティプティニ全域をITTから除外して保護区をもっと小さくするという案が浮上した。それによって石油採掘をより容易にしようというのだ。エスペランザ・マルティネスは今年1月にその情報をつかんだが、その案がいまだに検討されている可能性があるという。エクアドル政府と中国の石油企業ペトロ・オリエンタル社との秘密交渉の末、近くにあるペトロ・オリエンタル社の第14鉱区の形状が変更され、思惑もあってか、危険なほどティプティニに近い場所に回廊地帯が設けられた。「ティプティニで採掘するためです」とマルティネスは結論付ける。「回廊地帯はヤスニ国立公園に食い込んでいるため、この変更はまぎれもなく違法な変更です」。そして同時にエンリケ・モラレスは、「ペトロ・アマゾナス社は、今年1月から第31鉱区で工事を始めました」と私に語った。第31鉱区はITTのすぐ隣にある。ここで採掘すれば、ITTに深刻なダメージを与える可能性がある。また、新たなインフラが後にITT採掘に利用されたり、他の場所へもこの影響がドミノのように広がっていく可能性もある。

コレアは、2010年12月にカンクンで開かれた国連気候変動会合で熱心にヤスニITTイニシアティブについて発表を行った。しかし不可解なことに、それから2カ月もたたない今年1月、国民投票にかけられる可能性がある対象項目候補リストに、ITTでの採掘の可否を問う項目が含まれた。マルティネスは、「あまりにも多くの矛盾するシグナルが出されています」と言う。「人々は、『待てよ、国民に採掘するかどうかを今決めさせるのであれば、私たちが数百万ドルも出す必要はないのではないか?』と思っているのです」

もうひとつの心配は、資金が集まらなかった場合、拡大している炭素市場からの資金供給に頼る可能性である。地中に眠る石油に手をつけないことで4億トンを超える二酸化炭素の排出を回避できるが、京都議定書では、「回避した排出量」は認められていない。そのためヤスニ保証書[訳注:一定額以上を支援すると発行される証書。本誌が2009年のコペンハーゲンの国連気候変動会合前に行ったヨランダ・カカバゼ委員へのインタビュー「アマゾンの森を石油開発から守る保証書とは」を参照のこと]は、炭素クレジットとしては取引できない。しかしUNDPとの委任事項取り決め書(TOR)の中では、将来的なその可能性は排除されておらず、決まりが変わるのかもしれない。それを織り込み済みなのか、TORの中にはバレルという石油の量を表す単位ではなく、回避された排出量トンとして記されている。

アクシオン・エコロヒカが恐れているのはこのことである。「もともとこのイニシアティブの狙いは、炭素市場への批判にありました」とマルティネスは言う。「この点で言えば、石油市場に影響を及ぼさないよう細心の注意を払って作られた京都メカニズムは機能しません。工業国が汚染を続けられるように作られたからです」。ヤスニITTイニシアティブは、大量排出者がカネを払って支える炭素「緩和」プロジェクトである京都メカニズムのクリーン開発メカニズムとは違う。ヤスニの計画は、石油を採掘しないことが世界の石油供給に対する直接的な脅威となる。もしもこのモデルが世界中に広まって採掘をしない石油の量がある程度まとまれば、すぐに石油不足と石油価格上昇へと向かうが、一方でそれは二酸化炭素排出量の根本的な減少にもつながる。

また最終的には、コレア大統領は本当に協力的なのかという疑問が残る。確かに、コレア政権下では環境法上いくつかの非常に重要な進展が見られたことは間違いない。2008年に制定された新憲法は、世界で唯一自然の権利を認めたものである。動物と生態系には繁栄し生存する権利があるとし、そのような自然環境に損害を与える活動に対してエクアドル人は裁判を起こすことができる。

しかしマルティネスは、憲法が「環境保護主義色の強い」ものとなったのは、コレア自身というよりも政権内のアルベルト・アコスタなど重要な役割を担った人々のおかげだと言う。アコスタも含め、多くの人々がすでに政権を去っていることの意味は明白だ。「2008年に憲法が制定されてから、政府はその憲法と距離を置いています。あの条項がどうだこうだと言っては手を突っ込み、憲法の根幹を成すもともとの原則を弱めています」とマルティネスは言う。「自分で賛同した憲法を大統領が気に入っていないことは明らかです。環境保護主義のことはもっと好ましく思っていません。しかしそれによって彼が世界中の注目を浴びるようになったわけで、ジレンマに陥っています」

さらに言えばコレアは、先住民族の土地ときれいな水の権利を支持したかと思えば、先住民族がその同じ権利を求めて平穏に行う抗議活動を、手のひらを返したように激しく弾圧したりする。今年2月には、先住民族のリーダー3人が拘束された。彼らは、水に関する法律改正とアマゾン南部の大規模鉱山開発に対して起こった2009年の抗議活動で、テロと妨害工作を行ったとして告発されたのである。

広がる影響

ITT提案は4年あまり生き延び、その影響はエクアドルの国境を越えて海外にも波及した。「採掘しないという概念は、現在先進国と開発途上国の両方で議論されています」とマルティネスは言う。「このイニシアティブは自ら弾みをつけ、コレア政権下のエクアドルでの成否いかんにかかわらず、存在し続け、発展していくでしょう」

このことは、すでに辞任した提案活動関係者がいまだにそれを支持していることからも分かる。ファルコニ元外相は辞任後しばらして、「国として、私たちはイニシアティブを後押ししなければならないと思います」と述べた。「私たちは新たな保護の倫理を定めようとしています 。そのためには自己犠牲もいとわないつもりです。それは私たちが、これまでとは異なる社会の建設について話し合っていると信じているからです」

ナポ川に夕闇が迫るころ、ナポ野生生物センターの10代の若者2人がワニ見物に誘ってくれた。カヌーに乗って進むと、まったく動きのない黒々とした水面上に頭をもたげたそのは虫類の目が、私たちのたいまつの明かりと月の光に浮かび上がった。

エクアドルの提案は依然として俎上に上ったままだが、永遠にそのままになっていることはない。なんとか採掘を回避するにはかなりの資金が必要になる。それはおそらく、私たちが取り組む課題だろう。基金は現在個人からの支援も受け付けている。それによって象徴的な1バレルのヤスニの石油を「買う」ことが、石油に手をつけずに地中に残しておくことにつながるのだ。このイニシアティブは、市民社会からの提案である。「幅広い資金集め」とアマゾンのかけがえのない自然を守る取り組みは、結局はグローバルな市民としての私たちの肩にかかっていることになる。


ヤスニITTイニシアティブの仕組み


資金はどこへ行くのか?

集まった資金は、エクアドル全国で行われる再生可能エネルギープロジェクト、環境面や社会的な開発プロジェクトに使われる。実施プロジェクトは、運営委員会(エクアドルの政府と市民社会、支援国からの代表者によって構成)が選定する。重点分野は、森林保全、植林、社会開発、持続可能な生活環境の構築、エネルギー使用の効率化、クリーンなエネルギーと環境保全の研究である。

その詳細

エクアドルの財務省は、ITTの石油の掘削を無期限に行わない証明として、資金を寄付した個人や団体に対してヤスニ保証書を発行する[訳注:発行は10万ドル以上の寄付に対してのみ]。UNDPがその資金を信託基金として管理する。もしも将来的にエクアドル政府が採掘を決定した場合、全ての資金は寄付者に返還される。信託基金は、今後13年間で最低36億ドルを集めることを目標にしている。この年数は、石油採掘が可能と推測されている年数である。今年の年末までに少なくとも1億ドルの資金を集める必要がある。もしも1億ドルに届かなかった場合には、エクアドル政府はこのイニシアティブやめることができ、その場合には全ての資金が返還される。


●エクアドル政府のヤスニITT公式サイト yasuni-itt.gob.ec/

●国連開発計画(UNDP)のヤスニITT信託基金のサイト mdtf.undp.org/yasuni
※ヤスニITTイニシアティブへの寄付は、このヤスニITT信託基金のサイト左上の「DONATE NOW」をクリックして、クレジットカード決済で行えます。


NIジャパン

Comments on Oil or life? Ecuador's stark choice (Japanese)

Leave your comment







 

  • Maximum characters allowed: 5000
  • Simple HTML allowed: bold, italic, and links

Registration is quick and easy. Plus you won’t have to re-type the blurry words to comment!
Register | Login

...And all is quiet.

Subscribe to Comments for this articleArticle Comment Feed RSS 2.0

Guidelines: Please be respectful of others when posting your reply.

Get our free fortnightly eNews

Multimedia

Videos from visionOntv’s globalviews channel.

Related articles

Popular tags

All tags

The Japan Blog

Updates from the New Internationalist office in Tokyo, Japan.

The Japan Blog